存在があまり知られていない「給与の口座振込みに関する労使協定」
給料は、自分の銀行口座に振り込まれることがあたり前な世の中ですが、前回のブログで「事業主が従業員に給与明細を渡さなければならないのは、法律上の義務なのか?任意なのか?」をやったときに出てきた「S50基発112号の労使協定」が気になりましたので、現状を整理してみました。 S50基発112号は、[H10.9.10基発530号、H13.2.2基発54号、H19.9.30基発0930001号通達]で、「廃止する」とされていて、これ以後はこの通達に書いてあることで行くよ、となっています。しかし、その中身は平成10年から証券会社の一定の要件を満たす預り金へも賃金の払い込みができるようになったことについて加筆しているだけで何も変わりはありませんから、実質的には賃金を口座振込みするためのS50基発112号の通達はまだ生きている、と言ってよさそうです(その後の[H10.9.10基発529号、H13.2.2基発54号、H14.4.1基発0401004号、H19.9.30基発0930001号、H22.12.24基発1224第6号]の通達は、証券総合口座を取り扱う証券会社の預り金への払込みを可能とする旨の改正)。 ● 賃金の口座振込みをする事業主には、H10.9.10基発530号(労使協定に関してはS50.2.25基発112号と同じ)により指導する。
- 個々の労働者の書面同意
- 書面による労使協定
- 賃金計算書の交付
- 賃金支払日の午前10時頃までに払い出し可能
- 取り扱い金融機関は一行に限定しない
S50基発112号通達だけで賃金の口座振込みの是非を問うていたS50年当時と違うのは、S63年の労基法改正およびこれに伴う労基則7条の2の改正があり、労基法24条1項で「命令で定める賃金について確実な支払の方法で命令で定めるものによる場合、通貨以外のもので支払(うことができる)」とされ、労基則7条の2が「使用者は、労働者の同意を得た場合には、賃金の支払について当該労働者が指定する銀行その他の金融機関に対する当該労働者の預金又は貯金への振込みによることができる。」と改正されました。 そしてこれに合わせて、S63.1.1基発1号・婦発1号が通達され、その内容は
- 労基則7条の2は、S50.2.25基発112号の行政解釈を明文化したもの
- 同意は労働者の意思に基づくものであれば形式は問わない
- 指定とは、労働者本人名義の預貯金口座を指定するとの意味であり、この指定が行われれば同意も得られていると考える
- 賃金の口座振込みをする事業主には、引き続きS50.2.25基発112号により指導する
となっています。 なお、労働基準法施行規則7条の2は、御国ハイヤー事件の判例(高知簡判S56.3.18、高松高判S56.9.22)を参考にしていると言われています。*
労基法24条1項は、労働者にとってもっとも確実、容易、迅速かつ安全な支払方法を賃金の形態じたいによって確保するのを目的とし、口座払は労働者に若干の不便と協力行為を要するから、一般的には通貨払の原則に反し許されないけれども、口座払の方法によることが労働者の自由な意思に基づき、労働者が指定する本人名義の口座に振り込まれ、振り込まれた賃金の金額が所定の賃金支払日に払い出しうる状況にあるときのみ許容されるが、労働者の同意がないときは労基法24条1項に違反する(高松高S56.9.22)。
賃金の口座振込に関する法改正、通達の変遷を調べていくと、以上のようなことでした。 要するに昭和63年以降は、労基則7条の2によって
- 労働者の同意を得て
- 労働者が指定する銀行その他の金融機関の本人名義の預貯金口座に振り込む
という要件を満たせば、会社は賃金を口座振込みで支払うことが可能。 労使協定の要・不要については、通達まで踏み込むと書面による労使協定を結ぶように指導される、という関係になっているわけですね。